210618 松本圭介 / 『脱「臆病」入門』4 読書グラフィ 今日読んだ本
読書グラフィ 今日読んだ本
★松本圭介 / 『脱「臆病」入門 自分をすり減らさず満足な毎日を過ごすための実践術』
●仏教では、人間の行いを
身(体のはたらき)・口(言葉のはたらき)・意(心のはたらき)に分類し、
それぞれについて悪い行いを避けるよう説かれています。
●「臆病に効く」生活改善
- (1)話が大げさになるのを抑制する(身口意「口」)
- (2)四つの禍事(まがごと)を控える(身口意「口」)
- (3)感情を昂ぶらせる食べ物に気をつける(身口意「身」)
- (4)時間にゆとりをもたせて妄想を防ぐ(身口意「身」)
- (5)ゆっくり呼吸して気持ちを穏やかにする。(身口意「身」)
- (6)情報をむさぼらない(身口意「意」)
- (7)「怒り」はこまめに消化する(身口意「意」)
- (8)器用に立ち回ろうとしない(身口意「意」)
- (9)いつも初めての気持ちで物事にあたる(身口意「意」)
- (10)知ることのできない問いに溺れない(身口意「意」)
(1)話が大げさになるのを抑制する(身口意「口」)
(2)四つの禍事(まがごと)を控える(身口意「口」)
(A)妄語(もうご)
(B)両舌(りょうぜつ)
(C)悪口(あっく)
(D)綺語(きご)
(3)感情を昂ぶらせる食べ物に気をつける(身口意「身」)
(4)時間にゆとりをもたせて妄想を防ぐ(身口意「身」)
(5)ゆっくり呼吸して気持ちを穏やかにする。(身口意「身」)
(6)情報をむさぼらない(身口意「意」)
(7)「怒り」はこまめに消化する(身口意「意」)
(8)器用に立ち回ろうとしない(身口意「意」)
(9)いつも初めての気持ちで物事にあたる(身口意「意」)
(10)知ることのできない問いに溺れない(身口意「意」)
(1)話が大げさになるのを抑制する(身口意「口」)
・まず言葉を整えることです。
自分の気持ちと重ね合わせるように、
丁寧に言葉を発し、丁寧に行動していくこと。
・会話のスパイス、冗談としてのウソを言うとき、
私たちの意識は相手に向かっています。
相手が今どう感じているかを確認しながら、実は慎重に会話を進めている。
しかし、自分のためにつくウソは、少し違います。
「みんなの注目を自分に集めたい」
「自分が付き合う価値のある人間だと思ってもらいたい」
というところから出てきますので、
意識は相手ではなく、「見られている自分」に向かっています。
自分の身をウソで塗り固めていれば、
当然つじつまが合わないことも出てくるわけですが、
それをさらにウソの言い訳で上塗りします。
しまいには、自分で誇張したストーリーを事実と思い込むようになります。
・自分の自信なさを埋めるようなウソが頻繁に出るような人は、
まず、自然にありのままに話をする練習をしたほうがいいでしょう。
自分が実際に経験したり思ったりしたことだけを、
自分の言葉で丁寧に素直に話す。
そして、それ以外の余計な情報を言葉に乗せない。
これに尽きます。
後でびくびくおどおどしなければならない原因(ウソ)を
自分の中に増やさないことです。
・自分の話を聞いてほしければ、まず相手の話をしっかり聞くこと。
自分の話ばかりする人の話は、誰にも聞いてもらえません。
(2)四つの禍事(まがごと)を控える(身口意「口」)
(A)妄語(もうご)
仏教ではウソのことを「妄語」と言います。
ウソをつくと、
「あんなウソつかなければよかったなぁ」と後々に後悔する。後ろめたくなる。
後悔を引きずらないようにする工夫をすることです。
(B)両舌(りょうぜつ)
二枚舌。矛盾することを別のところで言うこと。
どこでも首尾一貫した内容を話すようにしましょう。
(C)悪口(あっく)
他人の悪口を言うこと。
たとえウソでなくても、人をけなすような言葉を口にしてはいけません。
一時、スッキリしたような気になるが、
「自分も陰で、自分が人に言うのと同じように
ひどい悪口を言われているかもしれない」と不安になる。
(D)綺語(きご)
「飾り立てた言葉」という意味。
お世辞などがこの典型です。
相手のためではなく、自分が得するために言うのはいけません。
相手のためを本当に思うのなら、
少し厳しいことや、反対意見を言わなければならない場面もあるはずです。
(3)感情を昂ぶらせる食べ物に気をつける(身口意「身」)
生命活動を支えているのは間違いなく日々の食事であり、
それを疎かにするということは、いのちを疎かにすることです。
激辛のものや肉類などを好む人は感情が昂り、
怒りを持ちやすくなるともいわれますので、
なるべく心を穏やかに保つために
刺激の少ないものを適量、食べるようにしましょう。
さらに、毎回の食事を、当たり前のように受け取るのではなく、
感謝の気持ちをもっていただくのです。
(4)時間にゆとりをもたせて妄想を防ぐ(身口意「身」)
人間の頭というのは、考えなくていいこととわかっていても、
いろいろな考えが勝手に思い浮かんでくるものなのです。
特に試験直前などは、焦っていますからこの傾向が顕著になります。
今ここに集中力が向いていないせいで、
過去や未来への妄想ばかりが膨らみ、
現在必要なことがなされないということになってしまうのです。
心を落ち着けて集中力を高めるには、生活リズムを整えることが大切です。
経験上、夜型の生活より朝型の生活を心がけたほうが、
心の健康がよく保たれるようです。
ゆとりの時間を朝に持ち、
その時間を使って皆より先に一仕事片付けておけば、
朝一番に小さな達成感が生まれます。
(5)ゆっくり呼吸して気持ちを穏やかにする。(身口意「身」)
深呼吸することにより、まず身体をリラックスさせて状態を整えて、
それによって身体とつながっている心の緊張も解きほぐして
穏やかな気持ちを取り戻すのです。
西洋では伝統的に心と身体を切り離して考えますが、
東洋は心と身体を切り離すことができない「身心一如」と見て、
全体のバランスを調整していきます。
その中心となるのが呼吸です。
呼吸法はヨガの基本にもありますので、
心と身体の両方をすっきり健康に保つにはヨガもおすすめです。
お寺の座禅会に参加するのもいいでしょう。
(6)情報をむさぼらない(身口意「意」)
・欲望、怒り、愚かさなど、
感情を乱して正しいものの見方を妨げる心の働きを煩悩と言います。
感情の乱れは臆病心の大好物ですから、煩悩は臆病な人の大敵です。
煩悩を刺戟しないためには、不要な情報を収集しないこと。
「入ってくる情報を整理して心をきれいに保とう」
という基本スタンスを持ちましょう。
・人の悪意に触れると、自分にもその悪意が伝染するもの。
人を打ちのめす、こき下ろすなど、
一時的にスカッとしたような気持ちをもたらすかもしれませんが、
必ず後の心に影響します。
スカッとした気持ちは持続しないどころか、
後味が悪く、心を汚してしまいます。
・人間の欲というのは、満たせば満たすほど激しく燃え盛るもの。
そのような性質を知り、ほどほどの距離を保ちながら、
上手に付き合う術を身につけましょう。
(7)「怒り」はこまめに消化する(身口意「意」)
・イライラとストレスが溜まるというのは、煩悩に振り回されて、
物事が自分の思い通りに進まず怒ってしまうということです。
怒りの心は瞬間的にあなたを狂わせる力がありますので、
よくよく注意しましょう。
怒りに任せてストレス解消に人をいじめたり、悪口を言ったりするのは、
問題解決どころか毒をさらに膨らませて、
迷いの深みにはまっていくことに他なりません。
・頭の中から消せず、意識に出てきてしまったもの(怒り)を
どうすればいいのでしょうか。
心に浮かんできたものをいったん受け止めて、きちんと消化する方法。
怒りの気持ちを無視するのではなく、
「自分は今、怒っている」ということを事実としてきちんと受け止めて、
その感情が生まれたプロセスを明らかにしていくのです。
そのためには、状況を正確に言葉にすることが役に立ちます。
「〇〇が〇〇だから、イライラしている、怒っている。」
小さな怒りでも、自覚しないまま積み重ねていくとイライラするうえ、
いずれ大きく膨れあがって、
怒りの再生産を繰り返すことになったりもします。
そこで、それを言語化することで、
普段自分が見ないフリをしている問題を明確にすることができますし、
そうすると解決策を考えることもできるのです。
少なくとも、
湧き上がった怒りの感情に支配されることは減っていくでしょう。
心穏やかに生きるには、まず自分で自分の心を客観的に知ることです。
(8)器用に立ち回ろうとしない(身口意「意」)
私たちは他人の評価をものすごく気にしています。
特に臆病な人は、人間関係にピリピリしています。
ちょっと想定外のことが起きたりすると、
ひどい恥をかいたように思い悩んだりして大変です。
誰かが言った言葉、起こした行動を、そのまま受け取ることができず、
知らずしらずネガティブな解釈を自分で付け加えてしまうのです。
このようなクセがエスカレートすると、
つい、あることないこと想像して不安や怒りに苛まれます。
目先の損得は長い目の損。
裏表のない気持ちのよい人付き合いを自分から心がけていれば、
自然と気持ちのよい人が集まってきます。
(9)いつも初めての気持ちで物事にあたる(身口意「意」)
「飽きる」「慣れる」は人間の慢心。
自分の愚かさを知っていることと、
愚かさを知らずに過ごすこととは、ずいぶん違います。
知らずにそうであることと、
知りながらそうであることは、違うのです。
・慣れてくるにつれて、技術は上がりますが、慢心も育ちます。
・人間関係でも、私たちは新しく知り合う人にはびくびくおどおど、
気を遣いすぎて挙動不審になってしまったりしますが、
慣れてしまった人に対しては、驚くほど無防備・無神経になり、
極端に気を遣わなくなってしまったりすることがあります。
関係はときどき点検したり、
マンネリ化しているようだったら新しい風を入れるようにするなど、
良い関係を保つための工夫をすることです。
(10)知ることのできない問いに溺れない(身口意「意」)
お釈迦様に
「世界には果てがあるかどうか」「人は死後も存在するかどうか」
と質問した弟子がいました。
お釈迦様は「答えなかった」
知ることのできない問いの答えは、いくら考えても意味がない。
意味がないどころか、そのような問いに溺れるのは迷いであり、
避けるべきものであるという仏教の姿勢を示したのです。
考えてもどうしようもない問いは、考えても仕方がないのだから、
意識的に考えにストップをかける。
「今、ここ」でやるべきことに、全力を注ぐ。